インドネシアから良い話が届きました。

昨晩、インドネシアの友人の女性からメールが届きました。「学校の先生になった」との連絡でした。
小学2年生に教えているとの内容でした。連絡を受け、妻と喜びました。

彼女は、私がインドネシア駐在時代に、≪お手伝いさん≫として働いてくれた女性です。4年間の滞在期間で、3年間住み込みで働いてくれました。最初に感じたのは、凄く賢い女性だということでした。≪1を聞いて10を知る≫という言葉がありますが、まさにその通りの人でした。言葉もあまり通じない2人の間で、彼女は、私が何をしたいのか?、どこへ行きたいのか?即座に感じ取り、行動しました。彼女に文句のつけようがなかったのです。よく、働きました。そして金銭面でも信用が出来ました。驚きの女性でした。

彼女の当時の夢は、「学校の先生になりたい」と話していました。しばらくして彼女は私に「学校に行きたいから行かせてくれ」と言ってきました。それは、高校に当たる学校のようでした。彼女は、家庭環境で、自分が満足できる勉学が出来なかったのでしょう。彼女の行きたい学校とは、日曜日だけ通う学校のようです。卒業すれば、高校卒業単位が取れるようです。(詳しくは分りません)
でも、彼女には、妹や、郷里の家族、おばさん達の≪面倒≫をみていたようです。少ない手当から、手助けをしていたようです。とても辛抱していました。だから、毎週末は、冷蔵庫の食料を彼女に全部上げていました。時々、お小遣いも渡していました。それでも、彼女は、大変な苦労があったようです。その度に、お祈りと断食(プアサ)をしていました。ラマダンではなく、個人的に断食をしていました。激痩せする彼女を見かねて、なぜ断食をするの?と尋ねたら「苦痛から癒されるため」と彼女は言いました。
それ以上のことも聞けないし、何も出来ませんでした。

それから3年が経過したころ、高校を卒業すると聞きました。どうも主席での卒業だそうです。それから間もなくして大学に進学すると聞かされました。保証人になって欲しいとの事、気軽に書類にサインをしたことを覚えています。

その後、彼女は結婚しました。結婚式にも行きました。ささやかな結婚式でした。でも彼女は幸せそうでした。それは彼女が苦労して成しえた成功であると思います。ここに至るまで理不尽な扱いを受けて、涙していました。学歴が無いから、こんな職業だから、、。

彼女は、結婚して新居が遠いため、私のところの仕事を辞めることになりました。そのあとに、彼女の妹さんが変わって働くことになりました。彼女は、その後もアパートによく遊びに来てくれました。

4年後、私は日本に戻りました。しばらくして彼女から大学を卒業したとの連絡がありました。
そして、昨晩の「学校の先生になった」との連絡でした。彼女の≪夢≫が叶ったのです。信じられない話です。
インドネシアの社会で、差別を受けながら、いつかは「見返したい」との気持ちがしっかりとあったと思います。

彼女は、田舎で育ち、充分な教育を受けることなく、都会に出てメイドとして働き,辛酸をなめ、夢を勝ち取ったインドネシアの1人の女性です。そんな友人がインドネシアに居ることを私は喜びに思います。これからも、健康で、幸せな家庭を築いていって欲しいと願っています。今年7月、彼女との再会を約束しました。
彼女が働いてくれた当時を思い出し、涙しました。

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