「無農薬」「有機栽培」、、の表示に思う。

●岩下珈琲では、「無農薬コーヒー豆」として販売しています。ネットでもたくさんの表示を見かけます。その内容は、「無農薬のコーヒー豆を仕入れています」「現地農園が認証を取得しています」などが挙げられています。でも、届いた豆はは「多分〇〇だろう?」の豆ではないでしょうか?

●インドネシアに買い付けに行った先で、≪有機JASマーク≫≪フェアートレード≫の看板を掲げているバイヤーがいました。内容を知りたくて面会を申し入れましたが叶いませんでした。同行してくれた現地人のコーヒーエキスパートは、この認証の事について首を横に振って、多くは語りませんでした。このあたりの農園は、整然と整理された農園ばかりです。ここはインドネシアのコーヒー豆の「メッカ」です。大手コーヒーメーカーの看板をいくつか見かけました。管理農園だそうです。
ここで、有機栽培が行われているか?フェアートレードが行われているか?ここには4回目の訪問ですが、〈それを感じたことはありません〉。しかし、ここを通過した生豆は、この認証で日本国内販売されるのでしょう。

●数年前の新聞記事で、日本の有名大学とインドネシアのコーヒー関連会社が「ルアック・コーヒー」の≪本物識別方法≫を発見したそうです。目的は「まじめな生産者を守り、本物を消費者に届ける手助けになる」との事でした。私は思います。この方法が一部の権力者だけの道具になり、地方で本当のルワック・コーヒーを生産している小さな農園を阻害することが無いことを希望します。
●私は、インドネシアに仕事で4年間駐在、コーヒー豆の買い付けで5年目を迎えます。インドネシアの実情を少しですが感じ取っています。今経験を活かし、本当の無農薬コーヒーを提供しています。この業界では色んな≪認証≫が出てきます。しかし、岩下珈琲では、インドネシアの農園まで出向き、≪現場≫≪現物≫≪現実≫を確認して仕入れて、専用の麻袋、専用のルートで仕入れています。それを皆様に理解して頂ければと思います。コーヒーは食品です。新鮮で安心、安全出なければなりません。

チウデイ・アラビカは無農薬コーヒーです。

インドネシアの西ジャワ島で収穫される≪チウデイ・アラビカ≫は、無農薬で栽培されています。
毎年、現地に出掛け、彼らのコーヒー農園や、工場を訪ねます。
ここは、大きな≪シェード・ツリー≫の下で、コーヒー豆は育てられています。だから、コーヒー豆はジューシーな味がします。
岩下珈琲でダントツで人気があります。
特徴、地図

ここは、カルデラ湖です。この山麓でコーヒー豆は育てられています。
インドネシアなのに、ここは、寒いです。この気候条件や、地質が美味しいコーヒーを育てているようです。
IMG_9650_20170417120422881.jpgIMG_7094_20170417120418ffa.jpg

ここがチウデイの農園です(一部)。こんな環境で、育てられ、収穫されています。
IMG_0810.jpgIMG_0805.jpg


コーヒーの実が、びっしりとついています。栄養がいいのでしょう!。
IMG_0794.jpgIMG_0775.jpg
IMG_0862.jpgIMG_0880.jpg



IMG_0783_20170417120824b60.jpgIMG_0875.jpg
周囲で農薬を使う作物も畑もありません。自然環境の中で、チウデイは栽培されています。農薬や、化学肥料など必要としなのです。
IMG_0849_20170417193841136.jpgIMG_0816_20170417193840e0e.jpg


IMG_2562_20170417194331ee0.jpgIMG_2906.jpg



IMG_2883.jpgIMG_2878.jpg

繁忙期は、地元の人々が応援に来るそうです。欠点豆の選別をやっています。岩下珈琲は、特別にグレードを上げて選別しています。
IMG_7007_201704171944470c6.jpgIMG_2606.jpg

収穫されたコーヒー豆です。熟した赤い豆だけを彼らは手摘みで収穫します。だから美味しいのです!
IMG_2545_201704171943299e1.jpg



彼らが、チウデイの農園を管理しています。毎年、日本のお土産を持っていきます。
IMG_2629_201704171943591a5.jpg

生豆の天日干し風景です。雨が降り出したら大変です。シートに素早く包み、倉庫の中に一目散に運びます。
IMG_2589_20170417194308352.jpg



豆は収穫されたら、すぐに果肉の部分は除去されます。その果肉の部分は、また、コーヒーの木の根元に還元されます。
IMG_1973.jpgIMG_4885.jpg


農園に続く農道。
IMG_1951.jpg

チウデイの農園です。耕地に出来ない雑木林の傾斜に植えられています。廻りの葉や、雑草が自然の肥やしになっています。
IMG_4917.jpgIMG_4910.jpg

岩下珈琲の≪チウデイ・アラビカ≫は、こんな環境で育った豆です。毎年、ここに買い付けに来ています。
変わることのない収穫風景です。無農薬なのです!

インドネシアから良い話が届きました。

昨晩、インドネシアの友人の女性からメールが届きました。「学校の先生になった」との連絡でした。
小学2年生に教えているとの内容でした。連絡を受け、妻と喜びました。

彼女は、私がインドネシア駐在時代に、≪お手伝いさん≫として働いてくれた女性です。4年間の滞在期間で、3年間住み込みで働いてくれました。最初に感じたのは、凄く賢い女性だということでした。≪1を聞いて10を知る≫という言葉がありますが、まさにその通りの人でした。言葉もあまり通じない2人の間で、彼女は、私が何をしたいのか?、どこへ行きたいのか?即座に感じ取り、行動しました。彼女に文句のつけようがなかったのです。よく、働きました。そして金銭面でも信用が出来ました。驚きの女性でした。

彼女の当時の夢は、「学校の先生になりたい」と話していました。しばらくして彼女は私に「学校に行きたいから行かせてくれ」と言ってきました。それは、高校に当たる学校のようでした。彼女は、家庭環境で、自分が満足できる勉学が出来なかったのでしょう。彼女の行きたい学校とは、日曜日だけ通う学校のようです。卒業すれば、高校卒業単位が取れるようです。(詳しくは分りません)
でも、彼女には、妹や、郷里の家族、おばさん達の≪面倒≫をみていたようです。少ない手当から、手助けをしていたようです。とても辛抱していました。だから、毎週末は、冷蔵庫の食料を彼女に全部上げていました。時々、お小遣いも渡していました。それでも、彼女は、大変な苦労があったようです。その度に、お祈りと断食(プアサ)をしていました。ラマダンではなく、個人的に断食をしていました。激痩せする彼女を見かねて、なぜ断食をするの?と尋ねたら「苦痛から癒されるため」と彼女は言いました。
それ以上のことも聞けないし、何も出来ませんでした。

それから3年が経過したころ、高校を卒業すると聞きました。どうも主席での卒業だそうです。それから間もなくして大学に進学すると聞かされました。保証人になって欲しいとの事、気軽に書類にサインをしたことを覚えています。

その後、彼女は結婚しました。結婚式にも行きました。ささやかな結婚式でした。でも彼女は幸せそうでした。それは彼女が苦労して成しえた成功であると思います。ここに至るまで理不尽な扱いを受けて、涙していました。学歴が無いから、こんな職業だから、、。

彼女は、結婚して新居が遠いため、私のところの仕事を辞めることになりました。そのあとに、彼女の妹さんが変わって働くことになりました。彼女は、その後もアパートによく遊びに来てくれました。

4年後、私は日本に戻りました。しばらくして彼女から大学を卒業したとの連絡がありました。
そして、昨晩の「学校の先生になった」との連絡でした。彼女の≪夢≫が叶ったのです。信じられない話です。
インドネシアの社会で、差別を受けながら、いつかは「見返したい」との気持ちがしっかりとあったと思います。

彼女は、田舎で育ち、充分な教育を受けることなく、都会に出てメイドとして働き,辛酸をなめ、夢を勝ち取ったインドネシアの1人の女性です。そんな友人がインドネシアに居ることを私は喜びに思います。これからも、健康で、幸せな家庭を築いていって欲しいと願っています。今年7月、彼女との再会を約束しました。
彼女が働いてくれた当時を思い出し、涙しました。

4月14日あの日

4月14日、1年前のこの日に思わぬ出来事が起きました。
熊本震災です。4月16日には、本震と言われる未曾有の大地の激震でした。私はお店の様子を見るため、店内に居ました。
その時、電話がありました。パキスタンの友人からでした。いち早く情報を聞きつけ、安否の電話でした。「有難う!大丈夫だよ!」と言った瞬間、起きな余震が来ました。私は悲鳴を上げ、「大変だー!、また掛ける!」と言って電話を切ったことを覚えています。
店内は、燦々たるものでした、、、、、。
その後、全国の沢山の方々から、安否の確認や、励ましのメールが届きました。物資を送って頂いた方、、、。
多くの方が心配してくれている、と思うと、気が動転している中で、励みになりました。
本当に有難うございました。
幸い、建屋は、無事でしたので、店内の壊れたものの、後片付けに追われる日々でした。何とか3日のは、整理出来、お店を再開できました。
そんな中、益城に行きました。そこは、想像を絶する光景でした。倒壊した家屋は延々と続き、その合間で炊き出しをしている家族、落胆した様子で歩いているお年寄り、、。まるで映画でも見ているような光景でした。
私たち夫婦で、益城の被災された方々に温かいコーヒーを持っていこう!ということになり、翌朝、約300杯ほどのコーヒーを抽出しました。沢山のポットに入れ、益城の被災地に届けました。温かいコーヒーの差し入れに喜んで頂き、うれしさと、心の安堵感を感じました。その話のお隣の事務所にしましたら、「是非、自分もやりたい!」との事、また、翌日、コーヒーを持って被災地へ。
人間は、こんな時、自然と行動に出るのだな、と思いました。その後も南阿蘇のお客様にコーヒー豆を届けました。本来なら、車で往復1時間足らずの距離ですが、道路や、橋が決壊しているため、遠回りとなり、丸1日かかりました。でも、充実感に溢れた1日だったと思います。
私たちは、幸いに被害は小さくて済みましたが、お客様には、多大な被害に遭われた方がたくさんいらっしゃいます。残念ですが
何も力になれません。お店で、コーヒーを飲んで頂き、災害での色んなお話しをお聞きして、少しでも気持ちが楽になって頂ければと思っています。「家がやっと、完成した!」と喜びのお客様屋、今も、家の再建で奮闘されている方、遠方へ引っ越しされた方、
常連さんで、もうお見えにならない方、、、。4月14日にTVで、熊本の被災地特集番組を目にしました。画面では「被災地の点」が映しだされていますが、それは≪事実≫ではありますが、被災地の≪真実≫は、1年前から長い線として、今も続いていると思います。

スラウェシ島タナトラジャ県豆の買い付け

タナトラジャ県に入り、各農園を廻ります。農園一か所に丸1日の時間がかかります。

IMG_8110_20170412123347236.jpgIMG_4102.jpg
IMG_4150.jpgIMG_8488_20170412123400d2f.jpg
IMG_4471.jpgIMG_4469_2017041212334446d.jpgIMG_4072加工後★IMG_4809
毎年、農園に出向き、日本のお土産を持って行きます。
★IMG_4151★IMG_4168★IMG_3941


赤く熟したコーヒーの豆と コーヒーの木の花
★IMG_4145★IMG_4061



コーヒー豆の収穫作業風景です。摘んできた豆は、その日のうちにパルパーという機械で果肉の部分が削り取られます。
そして、水洗いして、豆の「ヌメリ」と取ります。そしてパーチメンと(殻)が付いた状態で乾燥を行います。ここまでが農園の仕事です。
IMG_4125.jpgIMG_4127.jpg
IMG_3982.jpgIMG_3973.jpg
IMG_3943.jpg★IMG_3976
★IMG_3983★IMG_3950
★IMG_3965★IMG_3968
コーヒー豆の収穫時期(5月~9月)になると。ここでは至る所でこんな風景が見られます。
小さな農園ばかりで、コーヒー豆の収穫販売も大切な現金収入のようです。